966年、
性空上人57歳の時に書写山に入り草庵を結びます。

栄耀栄華には目もくれず、都を離れて山岳修行を貫く性空上人の名声は、いつしか京都にも及び、多くの人が性空上人を訪ねてくるようになります。

その中の一人に花山法皇がいました。

986年、
皇位継承に絡む謀略により19歳で天皇の座を退き、出家をよぎなくされた花山法皇。
そこで名声を望まない性空上人に心の救いを求めます。

性空上人に深く帰依した花山法皇は、寺に皇室の安寧を祈る勅願寺の格式を与え、寺号「圓教寺」を授けました。

圓の形には欠けたところがなく人間が徳を成就した状態の象徴とされ自己完成を表してます。
すなわち圓教寺は”自己完成の道を教える寺”という意味になるんですね。

その後の圓教寺は大講堂をはじめ諸堂の建立により次第に寺観が整えられ、塔頭の建ち栄える大寺院へと発展していくのです。

今回は、圓教寺の名前の由来についてでした。

自己完成への道・・・、
まだまだ修行しなきゃいけませんね(^^)